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「理解する」と「分かる」の違いを知ると世の中の見え方が変わる!

「理解する」と「分かる」の違い 考え方のノウハウ

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分です。

あの人の説明は理解するのに時間がかかる
あんなことするなんて非常識だけど、何となく気持ちは分かる

私たちは「理解する」とか「分かる」という言葉を日常的に使います。
でも「理解する」と「分かる」の違いを説明できる人って案外少ないんじゃないでしょうか?

このふたつ、似ているようで根本的にまったく違う意味の言葉です。
ですから使い方もまったく異なります。
でも多くの人はその違いをあまり考えず同じような意味合いで使っています。

そこで今回は「理解する」と「分かる」の違いについて考えてみましょう。

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「理解する」と「分かる」は似て非なる言葉

まずは辞書や辞典で意味を調べてみると、

「分かる」とは
「意味・内容・価値などが理解できること」(明鏡国語辞典第二版)とあり、

「理解する」とは
「意味・内容などを正しく判断すること」(明鏡国語辞典第二版)とあります。

このふたつの意味を読み比べてみても、今ひとつ違いがはっきりとしてきません。
というか、ほとんど同じ意味のようにも思えますね。

とはいうものの、私たちは「理解する」と「分かる」を状況に応じて使い分けています。
実際の使い分けを見ていきましょう。

「万有引力の法則は分かる?」
「万有引力の法則を理解してる?」

前者の質問をされた場合、答えとしては
「リンゴが木から落ちるやつでしょう、分かるよ」

後者の質問をされた場合の答えは
「ちゃんと理解はしていないと思う」

みたいな感じになりますね?
これを見ると、意味合いが違うように思いませんか?

もうひとつ。

「あいつ、会社辞めたんだって?理解できないよ!」
「あいつ、会社辞めたんだって?分かるなぁ・・・」

だいぶ違いが見えてきましたね。
今回の例では言葉の行間を読んでみましょう。

上の例では
「あいつが会社を辞めるなんて(これからどうする気なのか)理解できない」
といった感じでしょうか。

下の例では
「あいつが会社を辞めるなんて(その気持ちは俺にも)分かる」
といった感じ?

つまり、

「理解する」は頭で「理論的に考えた」結果
「分かる」は心や気持ちで「感じた」結果

と言えそうです。
頭で考えた結果か、心で感じた結果かの違い、ということですね。

この「頭で考えた」か「心で感じた」か、実はすごく大きな違いなんです。

「理解する」と「分かる」の正しい使い方とは?

これから説明するのは言葉の使い方の話ではありません。

あなたが生きていく上で、決断を誤ると後の人生に大きな影響が出るであろう場面において、この「理解する」と「分かる」の違いがとても大きな意味を持ってきます。

こうした人生の「ターニングポイント」は誰にでも数回は訪れるものです。
そのときのあなたの判断次第で、人生は大きく変わってしまいます。
ですから決して軽はずみに決めないことをお勧めします。

大事なことだから「じっくりと考えて」

これは私の知人から聴いた話(実話)です。

ある人(Aさんとしましょう)は中堅クラスの企業の経営者でした。
Aさんはある日、同業で自分の会社よりも規模も大きく業績も良い企業から合併の話を打診されました。

どこからどう考えても申し分のない話でAさんも乗り気で進めていましたが、いざ契約の締結という土壇場で、Aさんはこの契約を破棄してしまいました。

誰の目からもAさんの暴挙としか思えず、周りの人たちは口々に「Aさんが何を考えているのか理解できない」と言いました。

ところがそれから数年して、Aさんの会社に合併話を持ち込んだ企業は業績が悪化し倒産してしまいました。

結果的にAさんの「合併話をなかったことにした」行動は正しい選択だったのです。

ではAさんはなぜ、合併話を契約の直前で破棄したのでしょうか?
数年後にこうなることがAさんには分かっていたのでしょうか?

Aさんによると「なんとなく合併は辞めた方が良い、とそのとき強く思った」んだそうです。このまま合併してしまうことは何か良くないことだと「分かった」と。

つまり、合併の破棄はAさんの直感に従った結果だったんです。

嘘みたいな話ですが、実話です。
(話を分かりやすくするために若干の脚色はしていますが)

多くの人はこうした重大局面での意思決定には熟慮を重ねて望みます。
あらゆる状況を想定してその結果もすべて洗い出し、そうなった際の対処まで含めてシミュレーションし、それでも大丈夫なら「Go」となります。

つまり、頭で考えた結果は「合併すべし」でした。
ところが数年後に想定外の出来事が起き、大企業は倒産。
合併話に乗っかっていれば、Aさんの会社も同じ憂き目に遭うところでした。

ところがAさんは自分の「心」に従った。
その結果、Aさんの会社は危機を逃れることが出来たんです。
(Aさんの会社がAさんの一存でこうしたことを決められる規模だったことも幸いでした)

大事なことだからじっくりと考えて答えを出しましょう、と多くの人は言います。
でも、ここには大きな落とし穴があるんです。

「理解する」と「分かる」の関係

じっくりと考えて答えを出す。
これって、あらゆる角度から考えうる限りのことを考え抜いて、得られた結果から導き出された結論、ということですよね?

つまりその判断は誰もが正しいと「理解できる」ものです。

この判断を以て「最終結論」とする。
これが個人であれ組織であれ大事なことを決定するプロセスになっています。
このプロセス自体を否定するつもりはありません。ありませんが、

これで最終結論としてしまっては、実はいけないんです。

特にあなた個人として大きな決断をしなければいけないときには、もうひとつ手順を踏んで欲しいんです。

それは、

「本当にこの結論で良いのか?」

を「あなたの心」に聴いてみてください。
理屈とかいっさい抜きで、これをやることにあなたの心が「賛成」しているか。
心が賛成しているなら、あなたは「ワクワク」します。
でも、心が賛成していない場合は、何となく「違和感」を感じます。

この「ワクワク」か「違和感」かで、頭が正しいと「理解した」結論が本当に正しいかどうかが「分かる」んです。

つまり、「理解」しただけでは不十分で、その先に「分かる」ためのプロセスが必要なんです。

「理解」した内容と「分かった」内容が一致するなら、これは間違いなく「Go」ですが、「理解」した内容と「分かった」内容が食い違うようなら、先に進まずもう一度検討することをお勧めします。

まとめ

今回は「理解する」と「分かる」の違いについて考えてきました。

辞書で調べると似たような意味ですが、実際には「似て非なるもの」だと言うことがご理解いただけたでしょうか?

理屈としてそれが正しいと判断できることを「理解する」といい、心が納得することを「分かる」という。

今の世の中、理屈が正しければ「正しいこと」のように思われがちですが、その結果、現代社会は決して褒められる状況には無いと言って良いでしょう。

科学や技術の進歩は人類にとって必要なことだ、という理屈で突き進んできた結果、後になって想定外のさまざまな弊害に見舞われています。
大気汚染然り、地球温暖化然り、宇宙デブリ然り・・・

これは心の声に耳を貸さなかった私たちが負うべき大きな代償と言うべきでしょう。

これ以上の状況悪化を加速させないためにも、私たち個人個人が「理解」だけで動くのではなく「分かる」ことまで含めて行動することが求められているのではないでしょうか?

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