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建設的な会話の罠とは?よりよい方向への変化という曖昧さを斬る

建設的な会話の罠 対人関係のコツ

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分です。

そういう否定的な考えじゃなくて
もっと建設的な議論をしようよ。

会議の席や集会の席などで頻繁に用いられる言葉です。

このフレーズが出ると、場が一旦リセットされたようになり参加者たちは落ち着いた議論を始めるので「建設的な会話」はとても素晴らしいことのように思われがちです。

このフレーズが出るまでは、テーマに対して否定的な意見や後ろ向きな意見も散見されていて議論が発散してしまっている状態だったとしても「建設的に議論しようよ」が出た途端に否定的な意見や後ろ向きな意見はすっかり影を潜め、目標に向かって議論が進み始めます・・・

こう書くと、建設的な会話って素晴らしい!と感じるかもしれませんね(笑)

でも実際はそんなことないんです。
建設的な会話そのものが悪いわけではありませんが、多くの人が陥りやすい「罠」が潜んでいるのが厄介な点です。

今回はこの「建設的な会話」の罠について考えていきましょう。

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建設的な会話に潜む「罠」とは?

もちろん、建設的な会話によって良い方向に解決することも多々あることは認めます。

認めますが、建設的な会話は必ずしもオールマイティではないことは理解しておく必要があります。

先ほどの例では、会議の議題が「目標達成するためには」みたいなものだったのでしょう、限られた時間内にある程度の成果をみたい場合に否定的な意見や後ろ向きな意見が出てくると、議論が発散してしまい何の結論も得られないということが往々にして起きます。

ですから「もっと建設的に」というフレーズが飛び出したのでしょう。

建設的な会話は建設的でない意見を封殺する

「建設的に」と言われた途端に、議論の焦点は「どうすれば期待した答えが出せるか」に集中していきます。

ここで「建設的」という言葉についてしっかりとその意味を理解しておきましょう。

建設的な会話とは、
ものごとをひとつひとつ積み上げていき、最終的に正しい結論へとたどり着くための会話のことです。

最終的な結論をイメージしつつ、必要な議論をひとつひとつ積み上げていくプロセスが家を建てるときとよく似ているということで「建設的」という表現を使うようになりました。

家を建てるときには、まず土台をしっかりと作り柱を立て、壁を作りドアを付け窓を付けてい来ますよね?
これと同じように、必要なプロセスを順を追ってひとつひとつ積み上げていく・・・

ね、家を建てるのと似ているでしょう?

理論上は「良いことずくめ」の「建設的な会話」ですが、実は致命的な欠点があります。

それは「建設的でない意見が封殺される」可能性がある、という点です。

ひとつ例を見ていきましょう。

ある職場で社員のひとりが自己都合により退職しました。
その社員の穴を埋めるために「人員をひとり増やすべき」との意見が出ましたが、部長はコスト削減のため増員せずに業務を回すと言いだしました。

当然、残された社員からは否定的な意見が出されました。

「今でも私たちの負荷は目一杯なのにこれ以上負荷を増やすのは無理」
「(退職した社員の)ノウハウを短期間で吸収するのは現実的ではない」
「従来の業務に遅れが出る」

などなど、ごもっともな意見が出てきたわけです。

ここで部長は
「君たちの気持ちは分かるが、人員を増やさず済ませる方法を建設的に話し合おうじゃないか」
と言いだしました。

こう言われてしまうと、多くの社員は「出来ない理由」を言いにくくなります。
そしていろいろと話し合った挙げ句に、残された社員どうしに不公平の無いように業務を振り分けて、みんなで対応することになりました。

部長が「建設的に」と言いだしたあとは、議論の中心は「業務をどう振り分けるか」に終始しました。

こうして残された社員みんなが今までよりも多く残業することで、人員増をすることなく業務を回すことが出来たのでした・・・

ここであなたに質問です。

この結論に至るための話し合いは果たして「建設的」と言えるでしょうか?

誰かの犠牲の上に成り立つ結論は「建設的」とは言えない

この結論は会社側にとっては非常に「建設的」です。
だって辞めた人の人件費というコストが削減でき、僅かな人件費増(既存社員の残業増)で済むからです。

でも、残された社員たちは残業が増えた分、給料が多少多くもらえるかもしれませんがプライベートの時間が確実に犠牲になります。

プライベートよりも仕事を優先しろ、なんて考えが昭和や平成の頃にはありましたが今そんな考えは通用しません。

誰かが我慢したり犠牲になったりするような議論は決して「建設的」ものではありません。
そのことは絶対に忘れてはいけません。

このように、結論に至る過程で「そぐわない」意見を排除して議論を進め、そのまま積み上げて出来上がった結論には、必ず何らかの犠牲が伴っているものです。
これでは「建設的な会話」とは言えませんし、その会話自体意味がありません。

ではどうすれば良いのでしょう?

本当の意味の「建設的な会話」とは?

ここでもういちど「建設的」という意味を思い出してみてください。

家を建てるときのように、ものごとをひとつひとつ順番に積み上げていって結論に至る考え方のことでしたね?

本来、家を建てる際には必要なパーツ、工程、段取りなどさまざまな事がらを「もれなく」管理していく必要があります。
そしてその中には「想定されるリスク」も含まれます。

リスクを検討せずに進めてしまうと、何かが起きた際に取り返しの付かない事態になることもあり得ますので、これは絶対に外せない部分です。

それら全てを総合的にみて、ひとつひとつ積み上げていくからこそしっかりとした家が出来上がるんですね。

さて、先ほど挙げた例では、ひとりが辞めた穴埋めに関し残された社員からさまざまな否定的な意見が出されました(覚えていますね)

ところが部長はこの否定的な意見を「建設的」ということばで封殺してしまいました。

これって実際に家を建てる際に想定される「リスク」を無視するのと同じことですから、何かあったときにたいへんなことになります。

たとえば多残業が続いて社員が倒れてしまったら、もう現場は完全に回らなくなります。
他の社員も負荷オーバーの状態ですから誰もその分をカバーなんて出来ません。

こういう事態を避けるためにも想定されるリスクは無視してはいけないんです。

否定的な意見が出たのなら、それも含めて話し合うべきでした。
出された否定的な意見のなかには解決できるものもあるでしょうが、解決が困難なものもあります。

解決困難なものに関しては、その原因はどこにあって何をすれば解決できるのか、解決できない場合、他に犠牲を強いることなく何とかするにはどんな策があるのか。

そうした否定的な意見も全て含めたうえで、じゃあどうすれば良いのかを話し合うことこそ本当の意味での「建設的な会話」だと思いませんか?

まとめ

建設的な会話は「より良い方向に変化する」ために行うべきものです。

だとしたら格好良い部分だけを取り上げるのではなく、現状を正確に把握した上で「じゃあどうすれば良いのか」を話し合うべきですよね?

そのためには否定的な意見や後ろ向きの意見も無視せず、みんなで話し合うことこそが「建設的な会話」と言えるんじゃないでしょうか。

ほとんどの場合はちゃんと建設的な会話が出来ていると思いますが、状況によって前のめりになってしまうような状況では今回の内容を意識して頂くと良いかもしれません。

状況によっては「前に進まない」選択をする。
そのくらいの覚悟が「建設的な会話」には必要です。

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