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集団行動が苦手でも敢えて克服しないという選択肢はありか?

集団行動の苦手意識は克服すべきか 行動ノウハウ

この記事を読むのに必要な時間は約 14 分です。

集団行動が苦手・・・

という人って結構いますよね?
そういう人の多くは「なんとかして苦手を克服したい」と思っていることでしょう。
そしてそれに関する回答は「克服するための方法」「克服するコツ」みたいな内容のものがほとんどでしょう。

これらの回答に私は違和感を覚えます。

集団行動が苦手なことはそんなに悪いことなのでしょうか?
克服する必要があるのでしょうか?

もちろん、さまざまな理由から「集団行動が苦手なことを克服したい」と思っていること自体を否定するものではありません。

しかし本稿では少し違った側面から「集団行動が苦手」について考えてみたいと思います。
なぜなら私は「集団行動が苦手」であることは決して悪いことではないと思っているからです。

「集団行動の苦手意識を克服しない」という選択肢もありだと思うのです。

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集団行動が苦手なのはデメリットなのか?

最初に、そもそも集団行動が苦手というのはデメリットなのかを考えたいと思います。

集団行動が苦手というと、大多数の人は「損するからなんとか克服したほうが良い」とか「社会に出たら集団行動が苦手とか甘々なこと言っていられないよ」とか言うでしょう。
これって本当にそうなんでしょうか?

まずは、集団行動をすることによるメリットと言われていることを見ていきましょう。

困ったときに助けてもらえる

良く言われるのは、集団行動が上手な人は「困ったときに助けてもらえる」というものです。

たしかに高校くらいまでの学校生活ではそういう面は多少なりともあるでしょう。
成長期における人格形成において、相手の気持ちを良く考えもせず仲間はずれにしたり集団から外れた人をいじめたり無視したり。

あなたが高校生までの学生なら、これは深刻なことですね。

しかしこうなると集団行動の苦手克服というレベルの話ではありません。
両親や先生、教育委員会に相談する等しかるべき対応が必要です。
これは今回のテーマから乖離した話ですのでここではこれ以上取り上げません。

こうしたある種の「いじめ」行為は社会に出ると自然と薄らいでいきます。
集団行動が苦手、というのも「その人の個性」と捉えられるようになっていきます。
もちろん社会に出ても陰湿ないじめがはびこっている組織は少なからずあることは事実です。

しかしそうした稚拙な組織や職場の同僚や上司とは対決しない方が良いでしょう。

よく「あなた自身が集団に馴染む努力を」なんていう人がいますが、これは的外れな意見です。
集団に馴染めない側に責任があるみたいに言う人はレイシストと言わざるを得ません。
自分たちの好みに合わない相手を排除しようとするような組織はロクな組織ではありません。

そんな連中のいる場所であなた自身が神経をすり減らせるのは無意味なことです。
さっさと転職するなり異動願いを出すなりしてあなた自身の環境を変えてしまいましょう。

組織、特に企業を中心とする営利団体は「成果主義」です。
成果を出すことが「善」とされる世界ですから、あなたが困っているときにそれを助けることで成果に繋がるなら、あなたが集団行動が得意でも苦手でも関係なく助けてくれます。

そんなの当然のことですよ。
それを集団行動が苦手だと組織の中で爪弾きにされて困ったときにも助けてもらえないなんて言う人は、現実を知らない人です。テレビドラマじゃないんですから(笑)

仕事と人間関係は別です。

あなたが集団行動が苦手でも、困っていれば助けてもらえます。
ですからこれは集団行動が得意な人だけのメリットということではありません。

人間関係が円滑になる

集団行動が得意なら、友達や人脈などはどんどん増えていくことでしょう。

それにより、組織の中での評価は上がる可能性も確かにあります。

なぜなら上司といえども人間ですから、円滑なコミュニケーションがとれている人の方がより目立ち、取り立てやすくなるからです。

しかしながらこれがメリットと言えるのは、組織の中で上を目指す人にとってのみです。
すべての人が組織の中で出世したいとは限りませんし、集団行動が苦手な人は敢えて出世してより厄介な人間関係の世界に行きたいなんて思わないんじゃないですか?
それに組織での人間関係が円滑になるというのは、必ずしも良いことばかりじゃありません。

多くの場合、上司が部下を取り立てるのは「自分が仕事しやすい人間を取り立てる」ものです。
これは言い換えれば「自分の言いなりになる、自分がコントロールしやすい」人間を取り立てるということです。

それを分かった上で上司に気に入られ、取り立ててもらい出世していくのが一般的な企業における出世のしかたですから、それを良しとしない人には苦痛とストレスが募るだけでしょう。

というわけで、人間関係が円滑になるというのも一部の人にとってのみのメリットであり多くの人にとってはメリットにはないえませんし、逆にデメリットに感じる人だっていることでしょう。

相手の気持ちを慮ることが出来るようになる

集団行動が苦手な人はいつもひとりで行動するため、自分のことばかりを考えるようになり他人の気持ちとか考えることが出来なくなる・・・

こういうことを言う人がいますが、これ本気で言っていますか?

そんなことあるわけないでしょう(笑)
むしろ逆ですよ逆。

集団行動を得意とする人たちの中には、集団の中で自分の存在価値を示すべく「強く自己主張」する人がいます。
みんなで楽しげに話していても事あるごとに「俺が俺が」と我を主張してきます。

そしてその集団の中で自分がイニシアティブをとろうと躍起になります。

集団行動が苦手な人は自己主張が苦手な人も多いことから、こういう場面でも自分を語ろうとはしません。
結果として組織や集団の中で埋もれてしまい目立たない存在になっていくんですね。

集団行動が苦手だからって、どんなときでもひとりで過ごしているわけではありませんから、自分のことばかり考えているという主張はどうかと思います。
集団の中で自己主張しない分、他の人よりも周囲の人をよく見ていることだってあるんじゃないですか?

むしろ自己主張を頻繁に繰り返し「俺が俺が」と声を大にしている人の方が自分のことばかり考えているように思うのは私だけでしょうか?

寂しい気持ちが満たされる

いつも人でいると孤独な気持ちになるけれど、他の人たちと関わることで孤独感を感じることがなくなる、と主張する人がいます。

同僚や友人たちと食事をしたり楽しく会話したりすることで、集団行動をしている人は寂しい思いをする暇がないほどに満たされている、とか言っている人までいます(笑)

どれだけ集団行動が苦手な人を下に見ているんでしょうね。

いいですか?

そういう考え方をする人とのコミュニケーションが鬱陶しいんです。
放っておいて欲しいと思っているんです。

別に集団行動が苦手だからって、誰とも付き合わないわけではありませんよ。
ただそうやって自分の考えを「押し付けてくる」人とは仲良くしたくないだけです。

多くの人たちとワイワイと楽しく過ごしたいパリピばかりじゃないんですよ。
話したくないときには話さないことを選択したいだけです。
それを「集団行動が苦手」とか言っちゃう稚拙な思考回路の方が問題でしょう。

誰かと一緒にいないと孤独感を感じるとか寂しく感じるという決めつけがそもそも間違いです。
ひとりで過ごす時間の大切さを知っているんです。
孤独とか寂しい気持ちというのは全くの的外れとしか言いようがありません。

集団行動が苦手なままじゃいけないのか

いよいよ核心に入っていきますね。

ここまでは集団行動が上手くできることによるメリットは、別にメリットでも何でもなかったことを説明してきました。

集団行動が上手くできるからといって、社会でいきていく上で大したメリットがあるわけではないということですね。

だったら集団行動が苦手な人は無理して集団行動する必要はないんじゃないのでは?

結論から言えば、まさにその通りです。
集団行動なんて出来ても出来なくても大した違いはありません。
それなのに集団行動が苦手な人は何とか克服したほうが良いとか言われちゃう・・・

なぜなんでしょうか?

答えはとても簡単です。
そういうことを言ったり主張したりしている人たちは「考えが古い」んです。
昭和の高度経済成長期じゃあるまいし、今どきこんな主張は時代遅れ以外の何ものでもありません。

集団行動が苦手、というのは「個性」です

よく、社会に出ると集団行動が出来ないことが致命的みたいな論調がありますが、正直言えばまだこういう企業は多少なりとも残っているのは事実です。

しかしながらこうした企業はそう遠くない将来、消滅していることでしょう。

消滅というのは読んで字のごとく「企業そのものが無くなっている=倒産」もありますが、それよりもそうした考え方から脱却し生まれ変わる企業も含んでいます。

時代はものすごいスピードで変化しています。
この時代の変化についていけない企業は消えてなくなるしか道はありません。
そんな中で企業もどんどん変化しています。

大企業ほどその変化は素早いです。
だから大企業になれたのでしょうし、これからも存続・成長していけるのでしょう。
ですが大企業といえどもその変化についていけなければどんどん業績は悪化しますよ。

2020年、新型コロナウィルスのパンデミックにより世界が一変してしまいました。

テレワークが可能な業種・職種はテレワークを積極的に取り入れ、それにより仕事のしかたそのものがこれまでとは全く違ったものになってしまいました。

そして仕事のしかたとともに、人間関係や集団行動についての考え方もガラッと変わってしまいました。
なぜなら、もはや目の前にいるのは「人」ではなくパソコンの画面になったからです。
みんなで集まって何かをする、ということが出来ない時代になってきてしまったんですね。

こうなってしまうと、今までのように集団の中で「俺が俺が」と大きな声でわめいていた人はその活躍の場を大幅に奪われてしまいます。
そして集団行動が苦手、ということはもはや誰もデメリットと言わなくなりつつあります。

これからの時代、集団行動という言葉自体が死語になっていくかもしれません。

そうなれば集団行動が得意とか苦手とか、これは単なる「個性」に過ぎませんよね?
個性であれば、それを自分のものとして大事にすればいいのでは?
苦手意識の克服なんて、何の意味も持ちません。

あなたはあなた、何者にも替えがたい存在

これからはまさに「激動」の時代です。

あらゆるものが想像を絶する変化にさらされていくことでしょう。
これまでの常識はほとんど意味を成さなくなり、今までは意味のなかったことがとても重要なこととして重用されるようになるかもしれません。

何が起きてもおかしくない、それが今の時代といえるんです。
そんな時代に生きている私たちですが、唯一、変わりようのないものがあります。

それが「自分自身」です。

時代の変化に合わせて波に乗ろうなんて考えるのは甘いです。
そんなにこれからの時代は簡単なものではありませんよ。
時代の波に乗ってるつもりが、時代に翻弄されるのが関の山でしょう。

時代がどれだけ変化しようとも、自分は相変わらず自分であり続ける。

そうした「自分軸」をしっかりと持ってさえいれば、時代がどう変化したとしても大丈夫でしょう。

ですから、もう「集団行動の苦手意識を克服しよう」とか、意味のないことはやめましょう。
そのままで良いんですよ、だってそれがあなたなんですから。

まとめ

今回は集団行動に関する苦手意識の克服について考えてきました。

世の中の多くの人たちは、集団行動に対する苦手意識は克服すべき、と言っています。

今回私はそれに対して真逆の考えを提示しました。

なぜ周りに合わせなければいけないのでしょうか?
もちろん自分勝手なことをしろと言っているのではありませんから勘違いしないでくださいね(笑)

社会で生きていく上で集団行動は必須、とかいう根拠の希薄な「常識」に脊椎反射するのではなく、自分というものをしっかりと持った上で結論を出して欲しいのです。

その際に、今回の「世の中の常識と真逆な提案」もひとつの参考にしていただければ幸いです。

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