スポンサーリンク

壁を乗り越えるのは○か×か、ほとんどの人が誤解している真実とは?

壁を乗り越えることの誤解 自分磨きの方法

よく普通の自己啓発本なんかに「人生の壁を乗り越える方法とは?」みたいな見出しでいかにもなことを書いているのを目にしますが、あれ、あなたはどう思いますか?

多くの人は目の前に立ちはだかる壁を乗り越えながら、自分の人生をステップアップしていくと思っています。

でもそれ、大きな勘違いですからね。

そういうことを言う人たちは「壁」の本当の意味を知らないんです。
今回はあなたの人生に何度も立ちはだかる「壁」について考えていきましょう。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

巷で理解されている「人生の壁」とは?

「壁」についてその本当の姿を理解するために、まずは世間一般に信じられている「壁」がどのようなものかを知っておきましょう。

あなたが生きていく上で、今のあなたではどうにもならない問題に直面すること。

端的に言ってしまえばこんな感じでしょうか。
本当は先に進みたいのに、進むための問題解決策が分からない、だから進めない。
これを「壁」と表現しているということでしょう。

ここでポイントとなるのは「今のあなたではどうにもならない」という点です。

あなたが今まで生きてきた経験だけではそれを乗り越えることは出来ない。
さあ、どうしますか?

なぜ「壁を乗り越えよう」とするのか

なぜあなたは目の前に立ちはだかった「壁」を乗り越えようとするのですか?

多くの人は、
自分が進みたい道を塞いでいるから、と答えるでしょう。
それを超えていった先に自分の求めているものがあるから、とか。

加えて、壁を乗り越えた話が「美談」として語られることが多いから余計に壁を乗り越えようと思うんでしょうね。

人生の壁についてある人はベートーヴェンを例えとして挙げています。

ベートーヴェンは音楽家でありながら耳がほとんど聞こえないというハンディを持っていた。
それでもベートーヴェンはそんな自らの境遇に押し潰されることなく、かの有名な交響曲「運命」を作曲した。
ベートーヴェンの身に起きたことは、彼が音楽家として曲を作る上で致命的とも言えることだが、その「壁」を乗り越えたから彼の曲は多くの人に響く。
だから彼は尊い、そしてどんなに高い壁であってもそれを乗り越えることは尊い。

・・・とまあ、こんな感じの論調です。

この人の言うことを否定するつもりはありません。
ベートーヴェンが偉大であること、彼の作った曲が今もなお世界中で多くの人に感動を与えていること、これらに関しては誰も否定出来ないでしょう。

しかし、ハンディキャップを乗り越えた音楽家だから「彼が尊い」という部分と、どんなに高い壁であってもそれを乗り越えることは「尊い」という部分には賛同しきれないものがあります。

たしかにハンディキャップをものともせず「運命」を書き上げたことは驚嘆に値すると思います。
でも「運命」が素晴らしいのは、ハンディキャップのある作曲家が書いた曲だからではなく「曲そのものが優れている」からでしょう。

もしこの曲を書いた音楽家が健康そのものだったとしたら「運命」は世界中で評価されなかったのでしょうか?
それって、ベートーヴェンを音楽家として馬鹿にしていると思いますよ。

それともうひとつ。
高い壁を乗り越えていくことが「尊い」と言っていますが、じゃあ壁を乗り越えなかった人たちは「尊くない」のでしょうか?
これってある種の「選民思想」にも繋がる考え方だと思うのですが。

こうした主張をする人って、実は世の中にものすごく多いんです。
そして彼らは「壁を乗り越えて自分の夢を勝ち取る」ことを賞賛します。

TVを観ていればすぐに気付くことです。
スポーツ番組では勝ったチームは大々的に取り上げられ、負けたチームはもう画面に映ることすら無いほどに扱われる。
これはお笑い番組(M-1とかR-1とか)でも同じです。

これって勝ったチームは尊くて負けたチームは取るに足らないということでしょうか?
彼らは同じように頑張ってきたはずです。
結果として勝つ側と負ける側に分かれたに過ぎません。

もちろん、負けたチームは2位になるために頑張ってきたわけじゃないでしょう。
勝ったチームと同様、1位を目指して頑張ってきた。
でも1位になれるチームはひとつだけなんです。

いまの世の中全体がこういう風潮で成り立っている。
である以上は勝たなければ意味が無い・・・のも事実だと思います。

だからみんな「壁」を乗り越えてその先を目指すんでしょう。

「壁を乗り越えない」という選択肢だってある

自分の評価を自分の「外」に求めるならば、これはもう上を目指すしかありません。

先ほどのベートーヴェンのたとえ話をした人のように、世の中は勝つこと、困難を乗り超えること、すなわち「壁」を乗り越えていくことが「良いこと」という価値観が大多数を占めていますから。

他人から賞賛されたい、評価されたい、頑張った代償を外部から得たいと思うなら、一生涯「壁」を乗り越え続けるしかありません。
ひとつ壁を乗り越えればまた新しい壁があなたの前に立ちはだかります。
これを次から次へと乗り越えるために頑張る。

それが人生の醍醐味と感じる人も多いでしょうから、それを否定はしません。

でも、そうした「尖った生き方」は全ての人に向いているかというと、必ずしもそうではないでしょう。

他人に評価されなくても、自分の人生を自分なりに納得できる生き方で過ごしたいと言う人だってたくさんいるはずです。
そういう人にとって、次から次へと目の前に立ちはだかってくる壁をその都度乗り越えていくという生き方は、けっこう辛いものだと思いませんか?

そんなの負け犬の遠吠えだ!

と思いますか?
私はそんなことないと思います。
どんな生き方だって、その人の選択したものなら価値があるんです。

そんな生き方したって、誰も評価してくれないぞ!

と思いますか?
じゃあ訊きますが、もしあなたが頑張って次々と高い壁を乗り越えていったとき、周りの人たちが全く評価してくれなかったらどうしますか?

自分の外側に評価基準を持ってしまうと、自分主体で生きて行きにくくなります。
しかし自分自身の評価基準が自分の中にあれば、周りからの評価に振り回されることはありません。

そういう人は、目の前に立ちはだかった「壁」をみて、迂回するという選択肢も持つことが出来るんです。
あえて「壁」を乗り越えない生き方だって、あっても良いんじゃないですか?

「乗り越えてはいけない壁」もある

さらに、あなたが生きていく上で「そっちじゃないよ」と教えてくれる壁もあります。

目の前に立ちはだかる壁。
多くの人はあまり深く考えもせずその壁を乗り越えようとして頑張ります。
そしてやっとの思いで乗り越えてみると、

また同じような壁が目の前に現れる・・・
その壁も頑張って乗り越えてみると、その先にはまた同じような壁が・・・
なんていう経験、ありませんか?

これって、あなたが進もうとしている道は「そっちじゃないから」と教えてくれていると考えられませんか?

深く考えず脊髄反射的に目の前に現れた壁を乗り越えてはみたものの、その先にはあなたが求める未来がない・・・

意識するしないにかかわらず、あなたの潜在意識のどこかで「そっちじゃない」と言うことが分かっている。
だからそっちに進ませないように何度も同じような壁が現れる。

だとしたらその壁は「乗り越えてはいけない」ですよね?
そのことに気付いたなら、迂回するなり後戻りして別の道を探すなりという方法も考えた方が良いかもしれない。

乗り越えるだけが「壁」じゃないんです。

まとめ

今回はあなたの目の前に立ちはだかる壁を乗り越えるべきか否か、について考えてきました。

壁は乗り越えるもの、といった思考停止状態で突き進むだけが脳じゃないということをご理解いただけましたでしょうか?

目の前の壁を乗り越えようと頑張るのか、諦めて迂回するのか、または乗り越えた壁でも一度後戻りしてもう一度考えてみるのか・・・

あなたの人生に現れてくる壁をどう処理するかで、あなたの人生は大きく変わります。
ですから脊髄反射的に乗り越えようとするのではなく、立ち止まってじっくりと考えてみて欲しいのです。

▼関連記事▼
背水の陣を敷くことが人生にどのくらい有効なんだろうか?

タイトルとURLをコピーしました